ヴァイキングのイングランド侵入
骨なしアイヴァーが率いるヴァイキング軍の侵攻を描いた、11世紀英史写本掲載の挿絵
出典:Uriel1022(Author)/Wikimedia Commons CC BY‑SA 3.0より
ヴァイキング時代を語るうえで、最も謎めいていて、かつ最も恐れられた人物のひとり──それが「骨なしアイヴァー」です。
名は知れど、実在したのかもはっきりしない。しかし彼の存在は、サガや年代記、そして現代のフィクション作品を通じて、今も人々の想像力を掻き立て続けています。父はあのラグナル・ロズブロークとされ、無念の死を遂げた父の仇を討つため、兄弟と共に「大異教徒軍」を率いてイングランドへ侵攻。冷酷で狡猾、戦略に長けた指導者だったとも、血に飢えた狂戦士だったとも言われています。
一方で、その身体には生まれつきの障がいがあったという説も。果たしてその真相は?この記事では、骨なしアイヴァーの実像と虚像、そして現代フィクションにおける彼の描かれ方まで、徹底的に追いかけていきます。
その出生と終焉には、謎が多く残されています。
アイヴァーの父とされるのは、ヴァイキングの英雄ラグナル・ロズブローク。『ラグナルサガ』によれば、アイヴァーは呪われた夜の子として誕生し、生まれながらにして骨が柔らかい──あるいはまったく骨がないという身体的な特徴を持っていたとされます。サガにおける描写には誇張も多く、実際には難病や骨疾患だった可能性も指摘されています。
ラグナルの蛇の穴での処刑(1830年)
エラ王によって蛇の穴に投げ入れられる、アイヴァーの父ラグナルの最期を描いた絵
出典:Hugo Hamilton(Author)/Wikimedia Commons Public domainより
865年、イングランド侵攻を決意したラグナルの息子たちは、父の敵討ちを名目に大軍団を組織します。アイヴァーはその筆頭指導者として活動。ノーサンブリア王アエラを捕らえ、伝説の「血の鷲」によって処刑したとも言われます。死因については史料によって異なり、戦死・病死・老衰など諸説ありますが、正確な没年も不明なままです。
その性格には、知略と狂気の二面性があったと伝えられます。
アイヴァーは単なる武闘派ではありませんでした。『アングロサクソン年代記』では、彼の働きが計画的で効果的だったことが記されています。占領後のイングランドでは現地支配層と妥協を図るなど、冷静な政治感覚も持っていたようです。
一方で、敵に対する容赦のなさ、恐怖による支配といった冷酷な側面も強調されがちです。サガでは人間離れした戦術を使い、捕虜に対して過酷な刑を課したとも。歩けないはずなのに戦場に現れ、戦車に乗って陣頭指揮を執る様子は、まるで“呪いの将軍”そのものだったとも言われています。
ヴァイキング史だけでなく、イングランドの形成にも強く関わった人物です。
865年の遠征は、単なる襲撃ではなく定住と支配を目的とした侵略戦でした。アイヴァーはその中心的存在であり、イングランド各地に大打撃を与えた指導者。ノーサンブリア、マーシア、イースト・アングリアと次々に征服を進めた彼の動きは、現地の政治構造を大きく変えました。
大異教軍の進軍図
865年以降、ヴァイキングの大軍である大異教軍がイングランド侵攻を行った際の主要ルート
出典:Hel‑hama(Author)/Wikimedia Commons CC BY‑SA 3.0より
デーンロウ(Danelaw)と呼ばれるヴァイキング支配地域が確立された背景には、アイヴァーらの活動があったからこそ。単なる略奪者ではなく、領土支配の先駆者としての役割も果たしたわけです。
現代の作品では、その狂気とカリスマ性を活かして、実に印象的なキャラクターとして描かれています。
アレクス・ホーク・アンデルセン演じるアイヴァーは、狡猾な策士かつ冷酷な独裁者。脆弱骨症による障がいと、それを補う強靭な精神力、兄弟との確執、民衆への支配といったドラマ性が巧みに描かれています。担架や戦車に乗って戦場に現れるシーンの迫力は圧巻で、障がいと狂気の複雑なバランスが光るキャラ造形となっています。
ゲーム中では“アイヴァール”として登場。見た目や身体的障がいは描かれず、その狂気はもっぱら精神面に集中しています。破滅的で予測不可能なキャラ性により、プレイヤーにとっても脅威と魅力を併せ持つ存在として記憶されるでしょう。ストーリー中盤での転換点に深く関与するその役割も見逃せません。
この作品では直接の登場はなく、名前と行動だけが語られる存在。とはいえ、彼の名は“恐怖の代名詞”として度々登場し、物語に深い影を落とします。主人公ウートレッドにとっても、過去の脅威としての象徴的な存在であり、ヴァイキングの暴力性を体現するキャラとして機能しています。
“骨がない”のに誰よりも硬くて冷酷。そんなアイヴァーのキャラ性は、現代においても魅力的な素材なんですね。フィクションと史実の間で揺れ動く存在だからこそ、想像がどこまでも膨らむのです。