ラグナルの蛇の穴での処刑
エラ王によって蛇の穴に投げ入れられる、伝説的なラグナルの最期を描いた1830年の絵
出典:Hugo Hamilton(Author)/Wikimedia Commons Public domainより
ヴァイキング時代を語るうえで、最も有名で、最も伝説的な存在──それがラグナル・ロズブロークです。
王なのか、戦士なのか、それともフィクション上のヒーローなのか。彼の生涯は史実と伝説が絶妙に混ざり合い、今もなお真偽をめぐって議論が絶えません。息子たち──アイヴァー、ビョルン、シグルドらの物語と並んで、ヴァイキング史における“はじまりの英雄”としてその名が語られ続けているんです。
この記事では、そんなラグナル・ロズブロークという人物がどんな存在だったのか、伝説の中の姿、実在性の可能性、そして後世への影響までを徹底的に掘り下げていきます。
多くのサガが語る“ヴァイキング英雄譚”の原点、その核心に迫ります。
ラグナルは『ラグナル・サガ・ロズブローク』や『サクソ・グラマティクスのデンマーク人の事績』といったサガに登場し、伝説的な戦士として神々と並び称される存在です。父はスウェーデン王シグルド・リングとされ、母は妖精と人間のハーフという記述もあるなど、誕生の時点から神秘的。
また、若い頃には毛皮のズボン(ロズ=ブローク)を身にまとい、毒蛇に噛まれない工夫をして竜を退治したという逸話もあり、「北欧版ヘラクレス」とも言える英雄像が形成されています。
伝承によれば、ラグナルはノーサンブリア王アエラによって捕えられ、毒蛇の穴に投げ込まれて処刑されたとされます。この場面はのちに息子たちの復讐物語につながり、「大異教徒軍」の侵攻の動機となる伝説的エピソードのひとつです。
ただし、同時代史料ではこの処刑についての確証はなく、伝説が後世に膨らまされた可能性が高いとされています。
勇敢さと狂気、愛情と冷酷さ。ラグナルには相反する性格が共存しています。
ラグナルには複数の妻がいたとされますが、特に有名なのが盾の乙女ラゲルサと、サガの後半で登場するアスラウグ(英雄シグルドの娘)。それぞれとの間に生まれた息子たち──アイヴァーやビョルンら──がのちのヴァイキング時代を牽引していきます。
家庭的な描写も多く、「戦士であると同時に父であり、夫である」という一面が語り継がれている点も特徴です。
“毛皮のズボンで毒蛇に挑む”“海の怪物を退治する”“フランク王を騙して略奪する”など、トリックスター的な側面も多く描かれています。一方で、慢心と過信によって失敗し、最期を迎えるという“英雄の悲劇”パターンも踏襲されており、まさに神話的英雄像の典型です。
彼の死と伝説は、ヴァイキング時代を動かす大きな原動力になっていきます。
865年のイングランド侵攻では、ラグナルの息子たちが「父の仇を討つ」という大義名分のもと、大異教徒軍を結成。この一連の動きは、イングランドの分裂とヴァイキング支配の拡大に直結していきます。
つまりラグナルは、戦士としてだけでなく、後のヴァイキング時代の“発火点”としても大きな役割を果たしているんです。
ラグナルの影響は息子たちにも色濃く受け継がれました。骨なしアイヴァー、剛勇のビョルン、白鴉ハフダンなど、それぞれが歴史やサガに登場する重要人物となり、彼ら自身もまたヴァイキング世界に新たな伝説を刻みました。
中でもアイヴァーは、「戦略家」「冷酷な征服者」として名を馳せ、アングロ・サクソンの支配構造を揺るがす存在に。つまりラグナルは、単体の英雄というだけでなく、“英雄を生み出す系譜”として語り継がれているんです。
では、ラグナル・ロズブロークは本当に存在したのか? ここが最大の論点です。
同時代の記録では、ラグナル本人の名は明確に登場しません。ただし、彼の名と一致する行動──西フランク王国やイングランドへの襲撃、ノーサンブリアでの戦死など──を行った複数のヴァイキング指導者が確認されています。
そのため、ラグナルという人物は実在した戦士の逸話を統合して形成された“集合的英雄像”である可能性が高いと考えられています。
ラグナルの物語は中世以降、多くの文学作品やサガに取り入れられました。『ラグナルのサガ』や『スノッリの年代記』といった作品では、彼は神話と現実の狭間を生きる英雄として描かれています。
また、蛇の穴で処刑されたという伝承など、極めてドラマチックな最期も彼のカリスマ性を高め、後世の創作に影響を与えました。現代でもドラマや小説で頻繁に取り上げられることからも、ラグナルの「語られ続ける力」がいかに強いかがわかります。
ラグナル伝説の影響は、ヴァイキング時代にとどまりません。彼の息子たちが築いた支配地──たとえばノルマンディーやデーンロウ──は、のちの中世ヨーロッパに大きな影響を与える拠点になります。
とくにノルマンディーから出たウィリアム1世(征服王)は、イングランドを征服して王朝を打ち立てました。そのルーツを辿れば、ラグナルの血と伝説が中世世界のパワーバランスにまでつながっていくのです。
ラグナル・ロズブロークは、実在の証拠が曖昧なまま、物語と史実の境界線をまたぐ存在として今も語り継がれる英雄です。彼の死は復讐と征服を呼び、やがてヨーロッパ中世の流れに影響を与える──まさに、歴史を動かした“伝説の起点”といえるでしょう。
ラグナルは現代の物語でも人気の題材。作品ごとにさまざまな“顔”を持って登場します。
本作ではトラヴィス・フィメル演じるラグナルが主人公。知略と野心を併せ持つリーダーとして描かれ、農民から王への成り上がり、家族との確執、神への問いかけといった内面的な葛藤が物語の核をなします。
直接の登場はないものの、彼の子孫や逸話が各所に登場。プレイヤーが旅するイングランドの各地には、ラグナルの足跡を示す伝承や遺物が点在しており、彼の“伝説”が世界を形作る一要素として描かれています。
実在したのか、神話なのか、その境界線こそがラグナルの魅力。現実と物語を行き来する彼の姿は、ヴァイキング時代そのものを象徴しているのかもしれませんね。